東京グランド・オール・オープリーの時代     資料提供:金萬喜昭

金萬喜昭(こんま・よしあき)

1957年から始まったラジオ番組・文化放送の「サンデー・ウエスタン」。
この番組のファンクラブ「サンデーウエスタン友の会」のメンバーで、
和田誠二(音楽評論家)、星野保らと「東京グランド・オール・オープリー」を
起ちあげた。
当時としては背が高い彼を外人は「Big Bill」(ビッグ・ビル)と呼んだ。

編集責任:J.T. Kanehira

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当時のチラシとチケット


1961年

東京グランド・オール・オープリー、ビッグ・ビル(23才)後列右から3人目 
前列左から3人目ジミー時田、和田誠二、中央・文化放送「島村チーフプロデューサー」、右端ジャイアント吉田、隣は松平直久
後列左から4人目チャック宮城、6人目井上タカシ、7人目いかりや長介


東京ヴィデオ・ホールにて、東京グランド・オール・オープリー創設メンバーの
左より星野保、ビッグ・ビル(金萬喜昭)、和田誠二(音楽評論家)の3人と、25才当時の「ジミー時田」


「サンデーウエスタン友の会」のメンバー、前列左から2人目「井上タカシ」


1962年

 

ジョニー・キャッシュ来日、後楽園ジムでの公演プログラムより抜粋


1963年

オープリー・オールスターズで歌うビッグ・ビル、右端のドラムは明大カントリーケイパースの久下昌洋


東京ヴィデオ・ホール楽屋にて、後列左から明大カントリーケイパースの斉藤真、久下昌洋、柴田信重、「ビッグ・ビル」、川野誠一、一人おいて学習院大カントリープリチャーズの神原、川原


ファーリン・ファスキー(子供を抱いてる)と共に
前列右端はサミー・プレート(ドリフティング・カウボーイズのギタリスト)


ファーリン・ファスキー、原田実(中央)と共に


浅草の老舗すき焼き店「ちんや」にて
ファーリン・ファスキーのドラム、ジム・トール、原田実と共に


1964年

ハンク・スノウ来日、羽田空港にて


東京グランド・オール・オープリーの会場、有楽町の東京ヴィデオ・ホール前にて
スペシャルゲスト「ハンク・スノウ」の看板が見えます



マーティ・ロビンス来日、文京公会堂にて、左端は明大カントリーケイパースの田村駿

マーティ・ロビンスと共に、赤坂シャンゼリーゼにて
右端、ニッポン放送・大塚哲夫アナウンサー


1965年

リトル・ジミー・ディッケンズ来日


ロイ・エイカフ来日

ロイ・エイカフと共に、新宿厚生年金会館にて、右端「井上タカシ」


ハンク・ロックリン公演、新宿厚生年金会館ホール


ザ・ブラウンズ公演、新宿厚生年金会館ホールにて、ギターはジム・エド・ブラウン

ザ・ブラウンズと共に
ホテル・オークラでのレセプション


スキーター・デービス公演、新宿厚生年金会館ホール

スキーター・デービスと共にホテル・オークラにて
BIG BILL 27才


来日メンバーを皇居・二重橋に案内
右からジム・エド・ブラウンとザ・ブラウンズ、チェット・アトキンス、ハンク・ロックリン、スキーター・デイビス

ハンク・ロックリンと共に、皇居前広場の「楠木正成像」前で


1967年

バック・オウエンス来日


ハンク・トンプソン来日